INTERVIEW

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前野健太『ハッピーランチ』スペシャルインタビュー

  • 2013.12.28

夜の新宿。高層ビルにあるレストランの奥まったテーブル席で、シンガー・ソングライターは食べ放題のパンを美味そうに頬ばっていた。離れたテーブル席では仕事帰りのOLたちが夕食をとっている。彼女たちの目に、無心にパンを食べるサングラスをかけた男はどんな風に映っているのか。そして、その男の歌を聞いた時、彼女達は何を想うのか。2013年1月、ジム・オルークをプロデューサーに招いた『オレらは肉の歩く朝』をリリースして新境地を切り開いた前野健太が、年の締めくくりに新作『ハッピーランチ』を完成させた。前作のレコーディングのために結成されたソープランダーズ(ジム・オルーク、石橋英子、須藤俊明、山本達久)と作り上げたアルバムには、ロックが、歌謡曲が、ディスコが、大都会の夜みたいにぐちゃぐちゃに混ざり合ってざわめいている。最近、新宿に引っ越してきたという前野。もしかしたら、離れたテーブルで談笑しているOLたちも、いつかは彼の歌の住人になるかもしれない。前野は山盛りのパンをきれいにたいらげると、手にこすってパン屑を払い落とす。どうやらインタビューの時間がきたようだ。コーヒーをひと口飲むと、前野は、始めましょうか、と呟いた。



————新作『ハッピーランチ』は前作に続いてジム。オルークのプロデュースですね。今回は前作以上に、ライヴ感溢れるバンド・サウンドが印象的です。
「レコーディングに入る前にちょっとイメージしていたのは、ヴァン・モリソン『アストラル・ウィーク』とか、フレッド・ニール『セッションズ』とか、シンガー・ソングライターがジャズ系のミュージシャン達と勢いで作るアルバムだったんです。ソープランダーズと作る時はカッチリやるより、そういうラフな感じでやるほうが活き活きするんじゃないかと思って」
————それは前回一緒にやってみて感じたこと?
「そうですね。それはジムさんも思ってたみたいで。今回もレコーディング合宿をしたんですけど、スタジオに行く途中に車を降りてパン屋でパンを買っている時に、ジムさんから、今回のレコーディングは合宿所で全部終わらせるような感じで、オーヴァーダブせずにやろうって話があったんです。それを聞いて、〈あ、僕もそう思ってました〉って」
————ということは、今回は一発録りだったんですか?
「基本、一発録りです。普通はオケを作って後でヴォーカルを重ねるんですけど、その場でヴォーカルも一緒に録りました。ジムさんはエンジニアのブースで〈行きます〉ってスィッチを押して、ブースのなかで楽器を弾いてましたね。バンドもヴォーカルもほぼオーヴァーダビングなし。その緊張感たるやスゴかったです」
————今回のアルバムを聴いて、前野健太とソープランダーズが闘ってると思ったんですよ。
「おっしゃるとおり、バトルです。ソープランダーズは英子さんやジムさんとずっと一緒にやってきた人達のバンドなんで結束力が強くて、僕は完全にヨソ者なんです。それに加えて一発録りなんで集中力もスゴくて。レコーディングを始めて3、4日くらいで、僕、完全に壊れたんですよ。音が聞こえなくなってしまって、精神的にも身体的にもダウンしたんです。夜中の12時くらいだったんですけど、その日はそれ以上に作業できなくて、ヌイグルミを抱いて寝ました(笑)」
————レコーディングは続行できたんですか?
「スタジオの近くに地元の野菜を売っている市場があって、次の日の朝にそこで行者ニンニクの焼酎漬けっていうのを見つけたんです。〈男性におすすめ〉って書いてあったんで、これだ!と思って買って飲んでると、ママさんみたいなおばさんが来て、〈あんた、これスゴいのよ〉って。〈何がスゴいんですか?〉って聞いたら、〈あら、私に言わせる気?〉って(笑)。それを飲んだら身体がグワッと熱くなってイッキに回復しましたね」
————すごいですね、ニンニクパワー(笑)。前作ではソープランダーズと共にDAVID BOWIEたちも参加していましたが、今回ソープランダーズに絞ってレコーディングしようと思った理由は?
「一緒にツアーをまわったことが大きかったですね。達久君はいなかったですけど、4人でツアーをしながらこのメンバーで録りたいと思ったんです。彼らの演奏は、すごいロックなんですよ。今まで僕が一緒にやってきた人達のなかでも一番ロックじゃないですかね。でも、上品なんですよ。上品だけど野蛮。そこがすごい魅力なんです」



————その上品で野蛮っていうテイストがアルバムにも反映されていると思います。あと印象的だったのが歌謡曲テイスト。オープニングの「ねえタクシー」とかロック・バラードでありながら、やさぐれ歌謡っぽいムードがある。
「歌謡曲は作ってみたかったんですよ。歌謡曲がいいと思うのは、ダメな自分も身を寄せられるところというか。いま、音楽シーンも社会もサークル化が進んでいるじゃないですか。仲が良い者同士が集まって、そこに入れずに疎外感を感じている人って多いと思うんですよ。そういう人達が頼れるのって、誰のものでもない歌謡曲とか、そういうものだと思うんです。歌謡曲って実はすごくドライなんですよね。広く歌っているぶんホントは優しくないけど、物語になっていて色っぽさがあるから身を寄せられる。だらしない自分を受け入れてくれる歌、そういうものが僕は欲しいんですよ。〈ねえタクシー〉には、そういうところがあると思います」
————「ねえタクシー」以外に、「ばかみたい」「TOKYO STATION HOTEL」とか、女性を主人公にした歌がありますが、そういう歌の艶っぽさがまた良いですね。歌謡曲とか演歌に通じる味わいもあって。
「好きなんですよね、男が女言葉で歌う歌が。なんかこう、涙で濡れた感じがあるじゃないですか、女言葉って。あと、シンガー・ソングライターというキャラクターから逃げたかったっていうのもあるかもしれない。自分の感情を歌うだけじゃなく、もっと広く歌いたい。物語を作ってみたい、みたいな」
————その一方で、「こどもの日」みたいに骨太なロックもありますね。ソープランダーズの野蛮さが全開で。
「これはツアーの初日の前にスタジオでアレンジを考えたんですけど、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドっぽい感じでやってみたんです。ジムさんはスライド・ギターを弾いて、バタバタしたドラムは英子さんですね」
————歌詞に「ロマンスカーもう走らないのか」というフレーズが出てくるところは、ファースト・アルバム『ロマンスカー』を連想させますね。デヴィッド・ボウイが「スペース・オデッティ」 の歌詞で登場させた〈トム少佐〉を、10年後に「アシュズ・トゥ・アシュズ」で再び登場させて、「トム少佐はジャンキーだった」って歌ったのを思い出しました。ある意味、自分自身へのアンサー・ソングというか。
「へえ。それ面白いですね。確かにこの曲は〈前野健太〉っていうキャラを意識しているところがあって、歌手として存在している〈マエケン〉を意識した唯一の曲かもしれない」
————そのほかアルバムにはいろんなタイプの曲が並んでいますが、なかでも、シンセがうねる「悩み、不安、最高!!」は異色のナンバーに仕上がってますね。タイトルになっているフレーズも強烈だし。
「街で拾ってきた言葉なんですよ。悩みとか不安とか、そういうものは生きているからこそあるんだから、それを〈最高〉って言ってしまえ、みたいな。ライヴではお客さんと一緒にシンガロングしているですけど、新しいメッセージを発することができたんじゃないかと思ってます。英子さんの〈最高~〉っていう声も良いでしょ?」



————ゾクゾクしますね。そして、アルバムのクライマックスといえるのが「ジャングルのともだち」です。モノローグのような歌と開放感のあるサビ。夜の新宿を一人、車で流しているようなムードがある。
「最初はジョニ・ミッチェルみたいな感じをイメージしてギターをジャカジャカ弾いてたんですけど、それをジムさんが〈ベースでやってみたらいいんじゃないか〉ってアイデアを出してくれて。そこからアコギを12弦に変えたり、歌い方を一音下げて低くしたりして今の形になっていったんです。この曲は今回のアルバムのなかでも、ソープランダーズと一緒にやったことでいちばんマジックが生まれた曲ですね。この人達とじゃないとできなかった曲だし、こんな曲ほかにはないと思います」
————今回、再び彼らと一緒にやってみてどうでした?
「レコーディングに対して堂々とした態度で向き合えるようになってきた気がします。今回のレコーディングでさらに鍛えられたと思うし、強くなったと思いますね。ソープランダーズと一緒にアルバムを作る。しかも1年に2枚もリリースできるというのは、自分の音楽人生のなかでもかけがえのない時間です」
————ソープランダーズとの関係って、ボブ・ディランとザ・バンドみたいなものですか? それともニール・ヤングとクレイジー・ホース?
「どれでもないですね。前野健太とソープランダーズという新しい関係、新しい基準が生まれたと思ってます」
————最後にアルバム・タイトルについて教えてください。前作のタイトルと雰囲気ががらっと変わりましたね。
「このタイトルに関しては、あまり意味づけしたくないんですよ。前作ではアルバムの内容も含めて言いたいことが強かったんですけど、今回は全体的にぼやかしたいと思ってて。〈ハッピーランチ〉が何かをみんなに問いかけたい。アートワークにも僕なりに関連性があるんですけど、説明してしまうとメッセージがひとつになってしまう。今回はもっと広いんですよ。だから今回は何も言わずに謎のままにしておこうと思います」
————聴く人それぞれに考えてほしいと。
「そうですね。アンケートとか感想を送って欲しいですね。で、そのなかから抽選で1名、僕とハッピーランチに行ける(笑)。〈前野健太とハッピーランチ係〉まで、どしどし送ってください」
Interview & Text by 村尾泰郎
Photo by 梅川良満




前野健太「ハッピーランチ」特設ページ
https://1fct.net/sp/maenokenta/happylunch/

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  • 2013.12.11 On Sale
  • PECF-1082 / felicity cap-185
    [CD] ¥2750

<TRACK LIST>

  • ねえ、タクシー
  • 花と遊ぶ
  • カフェ・オレ
  • 冬の海
  • 雨も一緒に
  • 悩み、不安、最高!!
  • こどもの日
  • ひとみとひとみ
  • 愛はボっき
  • ばかみたい
  • ジャングルのともだち
  • TOKYO STATION HOTEL
VIDEO


PROFILE
前野健太Kenta Maeno
前野健太『ハッピーランチ』スペシャルインタビュー

1979 年生まれ、埼玉県・入間市出身。シンガーソングライター。2007年に自主レーベルよりアルバム『ロマンスカー』をリリースし、デビュー。2009 年、ライブドキュメンタリー映画『ライブテープ』(監督:松江哲明)で主演を務め、同作は第22 回東京国際映画祭の「ある視点部門」でグランプリを受賞。2011年にも同監督の映画『トーキョードリフター』で主演を務める。同年、第14回みうらじゅん賞を受賞。フジロックフェスティバル、サマーソニックをはじめ大型フェスへの出演や、CM・演劇作品の音楽担当、文芸誌でのエッセイ連載、小説執筆、役者など、活動の幅を広げている。
2017年に初のエッセイ集『百年後』を“STAND!BOOKS”より刊行。2018年に最新アルバム『サクラ』をリリース。2019年には音楽劇『世界は一人』(岩井秀人作・演出) の音楽・全公演バンド演奏を担当。 俳優としても2016 年に主演映画『変態だ』(みうらじゅん原作、安斎肇監督)をはじめ、2017年は初舞台となる『なむはむだはむ』(つくってでる人:岩井秀人、森山未來、前野健太)に参加。2019年にはNHK大河ドラマ『いだてん』、テレビ朝日系ドラマ『時効警察はじめました』に出演。
ラジオ日本にて『前野健太のラジオ100年後』パーソナリティを務め、NHK Eテレ「オドモTV」レギュラー出演中。


公式サイト
http://maenokenta.com/

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  • 2013.12.11 On Sale
  • PECF-1082 / felicity cap-185
    [CD] ¥2750

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  • ねえ、タクシー
  • 花と遊ぶ
  • カフェ・オレ
  • 冬の海
  • 雨も一緒に
  • 悩み、不安、最高!!
  • こどもの日
  • ひとみとひとみ
  • 愛はボっき
  • ばかみたい
  • ジャングルのともだち
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